ロサンゼルスからの訪問者たち

Christmas Educational Tour of Japan---ロスアンゼルスから大学生・大学院生23名が石巻を訪れました。被災地を自分の目で確かめ、日本についての見識を深めようという趣旨の旅です。
石巻専修大学が、いろいろとお世話をすることとなり、国際交流センター長をつとめる私が中心となって、夏以来いろいろと準備を進めてきました。

とりあえずは、そのスナップをいくつか掲載します。

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# by ha-ppyone | 2011-12-21 20:00 | 石巻・四季折々  

秋、スケッチ

いつのまにか、秋の訪れとなりました。
気がついてみたら、と言うべきでしょうか。

7月が終わってから、時の流れが特に速く感じられます。

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キャンパスも色づきました。
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一年生のゼミ生たちとともに



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教師として初めて勤めた東京の桐朋学園創立70周年の記念式典に参加しました
(11月18日 市ヶ谷「アルカディア」にて)
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河原校長先生と



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11月22日、市内・久円寺の「お会式」に
「おめこ」として慕われている年中行事で、子供の頃から父母に連れられ毎年お参りをしています。



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川向こうの「牧山」に紅葉を観に行きました。
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頂上からの眺め。遠く、牡鹿半島が見渡せます。
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# by ha-ppyone | 2011-11-27 02:41 | 石巻・四季折々  

桐朋の真心、石巻にとどく

東京・調布市仙川にある桐朋学園の礎を築いたのは、石巻出身の故・生江義男先生です。
そして、生江先生のお導きにより、桐朋と石巻は、さまざまなご縁で結ばれてきました。
生江先生を恩師と慕っていた小澤征爾は、30年ほど前、桐朋学園オーケストラを率いて石巻でタクトをふったことがあります。今では、とても信じられないことです。

「生江先生の故郷に支援の手をさしのべよう!」と、生江先生が長い間校長をつとめた桐朋女子中学・高等学校の卒業生のうち、昭和51年卒業の第32期生「樹の会」の有志が中心となって、このたび支援物資を石巻に贈ってこられました。

 送り先となったのは、石巻市内の料亭「竹の浦 飛翔閣」。
 屈託がなく、いつも笑顔を絶やさないご主人は、全国から贈られてくる物資を店に展示をし、また必要としている人々に配ったりするボランティア活動をされています。

 大学を出たばかりの新米教師として、僕は桐朋で教員生活をスタートしました。
 そして、この「樹の会」の同期生の皆さんを担任したしだいです。
 
 そのようなことから、竹の浦のご主人にご挨拶に伺いました。
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壁一面に全国から届いた宅急便の送り状が展示してありました。
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ご主人のメッセージも。
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その中に「樹の会」のメンバーの名前が数多く見えます。
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贈られてきた物資の一部が展示されていました。
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ご主人、とても感謝しています。
お客さん一人一人に桐朋の卒業生の「熱き心」について話しているとのことです。
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# by ha-ppyone | 2011-07-09 04:06 | 石巻・四季折々  

復興に向かって(その2)

7月3日、私の属する石巻NPOセンターと他のさまざまな団体の協賛で、
復興イベント「こどもたちに笑顔を・・・おとなたちに勇気を」を駅前広場で開かれました。
幸い、梅雨の晴れ間で、絶好の天候に恵まれました。
以下は、そのスケッチです。

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まず、テント張りから。
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支援物資の米、この50Kg をかついで運ぶのはたいへんでした。
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山形から来られた皆さんは豚汁の材料を
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ステーキの準備も
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広場の向こうは、石巻市役所。
(譲られたデパートを改装した全国でもユニークなものです)
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開始時間が迫ってきました。
仕切り役の理事の木村美保子女史の声にも力が入ります。
木村さんは、持ち前のパワーと行動力でイベントを引っ張っていってくれます。
私たちのNPOセンターには欠かせない存在です。
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開会の言葉は代表・佐々木万亀夫氏。
心にしみる、いいスピーチでした。
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支援物資の配給。
今回は、ABCやSpalding から長靴が贈られてきました。
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いよいよステージショーの開始。
石ノ森章太郎を記念した我が町のマンガ館のキャラクターの登場。
わざわざ東京の東映から「本物」の役者が来ました。
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見つめる子供たちの表情にも以前より明るさが
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あまりの迫力にびっくりして
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子供たちも参加して
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突然、初代シージェッター海斗の藤岡弘さんが現れました。
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一人一人と握手を、また子供を抱き上げて
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藤岡さんって、歳はおいくつ(僕とどちらが若い?)
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ステージでは、塩竃の名シェフによるマグロの解体ショーが
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大勢の人々が列をつくりました。
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こちらはかき氷のコーナー
「どうぞ」と手渡されて、照れながらツーショット
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ステーキも大繁盛
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山形の豚汁もおいしかった
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民謡歌手の原田直之さんも駆けつけてくれました。
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最後に登場したのは、東京銀座で活躍している「流し」の歌手・さとうもとき氏。
おなじみのフォークを中心に30曲ほど歌いました。
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祭のあとに
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高名な東大法学部教授・北岡伸一氏とも出会いました。
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多くの出会いと感動に満ちた、素晴らしい一日でした。

まだまだ、たいへんですが、全国の皆さんのご支援のもと、
石巻は確実に復興に向かって歩んでいる、そんな感想を抱いています。
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# by ha-ppyone | 2011-07-03 05:51 | 石巻・四季折々  

6月点描

梅雨の真っ最中。
石巻専修大学のキャンパスの紫陽花が、しっとりと雨に濡れています。
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6月5日、東京から桐朋の内藤芳宏先生が石巻に来られました。
桐朋女子中学・高等学校は、私が教師として初めて勤めたところ。
今でも、多くの先生とお付き合いさせていただいています。
内藤先生は、社会科の担当で、人一倍、生徒たちのことをおもいやる熱血教師です。
先生をご案内した日和山にて。
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また、およそ6年ぶりで、東京からエジプトのオサマ君が石巻に来ました。
NHKの国際放送を担当していることから、ディレクターとともに、
ラジオ石巻に取材にやってきたのです、

私はここ3年ほど「カタカナ語 再発見」という番組を担当していて、
その収録でラジオ石巻に行き、オサマ君と会いました。
スタジオでの収録風景です。
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パーソナリティの高橋幸枝さんをまじえて。
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番組のパートナー・武山未来さんが東京に移るため、
6月28日は彼女との最後の収録となりました。
お名残惜しいかぎりです。
センチメンタルにツーショット。(美女と野獣?)
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# by ha-ppyone | 2011-05-29 02:21 | 石巻・四季折々  

大学 2ヶ月遅れの入学式

5月22日、例年よりも2ヶ月近くも遅く、入学式が挙行されました。
いや、やっと入学式までこぎ着けたと言ってもいいでしょう。

手前味噌ですが、今年度、国際交流センター長の辞令をいただき、
初めて、ステージの「ひな壇」に並びました。
緊張している自分の表情に笑ってしまいます。
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# by ha-ppyone | 2011-05-26 05:41  

復興に向かって(その1)

5月に入り、日の光もだいぶ明るくなってきました。
新緑も目にしみます。

そんな土曜日(7日)、私の所属する石巻NPOセンターの主催でイベントが催されました。
その名も「がんばろう石巻!市民広場」

澄み渡った五月晴れのもと、テントを張り支援物資を運ぶのも心が弾みます。
前回と同じ駅前の広場ということで、大勢の人々が集まりました。

支援物資を求めて多くの人が列をつくりました。
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ステージでは、津軽三味線の3人組ユニット「祭」による演奏。
若さあふれる、素晴らしいサウンドとパフォーマンスでした。
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北村悦郎・副市長の挨拶のあと・・・
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主催者を代表して不肖大津が各方面に御礼のご挨拶と「がんばろう石巻!」の一言を。
ちょっと照れました。
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# by ha-ppyone | 2011-05-20 01:46 | 石巻・四季折々  

少しずつ、少しずつ、光に向かって(石巻発4)

 4月最後の土曜日の朝、日和山にいつものウオーキングに。
 つい一週間前まで満開だった桜も散り始め、緑色が広がり出していました。
 頂上にある神社にお参りを済ませ家に帰ろうとしたら、桜の花を眺めている外国人青年を見かけました。
 「おはようございます」と声をかけたら「おはようございます」と笑顔がもどってきました。 
 聞けば、青年はデンマークから休みをとって宮城にやってきたとのこと。他の何人かの外国の人といっしょにボランティア活動をしていると語ってくれました。
 「今日、10時からコンサートをします。ぜひお出でください」
  これが、そもそもの出会いでした。

 10時に会場に。いつも何気なく通り過ぎているバプテストの教会の前でした。
 次のような張り紙が目に止まりました。
  
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 説明はもういらないでしょう。
 歌とサックスとバイオリンとエレピアノの清らかな調べにーー
 その the sound of music に魅了されながら撮った写真を掲げます。

  
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    ラストは「見上げてごらん夜の星を」。聴きながら目頭を押さえる人たちも

  
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    新鮮な野菜も並びました

  
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    コンサートのあとは、皆でお昼を
 
  
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  僕は仏教に帰依するものです。
  これまで、キリスト教には一定の距離をおいてきました。
  しかし、こと、このような音楽によるpresentation 、
  人々との心の交流に関するかぎり、キリスト教には脱帽せざるを得ません。
  
  賛美歌の伝統があるからでしょうか、ゴスペルは、とにかく、分かりやすく、
  だれでも参加でき、そして心に響く・・・
  僕自身、聴きながら涙が流れてなりませんでした。
 
  お経も、唱えようによっては、清澄な響きを奏でますが、一般の人々の心には、
  なかなか届かないようです。

  この日、僕は何にもお手伝いをしませんでした。
  でも、歌の輪に加わり、共に歌うことで自分自身、元気をもらいました。
  久しぶりで澄んだ気持ちになって家路につきました。

  

  
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  震災後、荒涼としていた北上川の岸辺も、若葉で色づき始めました。
  日本各地、いや世界中の皆さんの優しさによって、
  石巻は、少しずつ、少しずつですが、光に向かって歩んでおります。
 
  皆さん、ほんとうに、ありがとう!
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# by ha-ppyone | 2011-05-08 23:50  

石巻発3

  今週の月曜日(4月3日)、仙台近郊の港町・塩竈の避難所で生活している友人に会いに行った。往復約70kmを走行できるだけのガソリンが手に入ったからだ。
 友人は、想像以上に元気で、近日中に、病気がちの奥様とともに、やっと見つかった1LKのアパートに移り住むという。


 石巻への帰り道、以前から気になっていた奥松島・野蒜(のびる)に寄ってみた。

 夏に海水浴に通った白砂青松の浜は消失、茫漠たる景色が広がっていた。
 
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 ますます、やりきれない気持ちになった。


 そして、昨日、久しぶりに大学に行った。
 メディアでも報道された通り、石巻専修大学は避難所とボランテアセンターに建物の一部を提供している。一週間前と比べて、国内各地および海外からのボランティアの数がいっきに増えていた。
 現在、約1000人のボランティアの方々がテントで暮らしている。
 ほんとうに有り難いのひと言だ。
 
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 4月も中旬になろうとしている。
 大学は5月20日から新学期と、本決まりになった。
 本来なら、一昨日(4月4日)が入学式だった。

 キャンパスの桜の蕾もふくらみ始めた。
 しかし、それに風流を感じる心の余裕はない。

 
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 自然のルーティーンは、実に規則正しい。こんなときは、むしろ容赦ないと思うほど。
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# by ha-ppyone | 2011-04-06 13:56 | 3.11  

石巻発2(および陸前高田市にて)

縁があって、ワシントンポスト紙の記者・Chico Harlanと行動を共にしている。
一昨日の夕方、彼は秋田で借りたレンタカーで、GPSを頼りに石巻にやってきた。
もちろん、事前に東京から、石巻を基地に3〜4日石巻および三陸の被災地を取材したいとの連絡があった。

「ミニ避難所」の役目を終えた僕の家は、もとの生活に戻ったが、こんどはワシントンポスト紙の石巻支局になった。寝起きを共にし、僕の書斎は彼の仕事部屋になった。

もちろん、僕には何ら問題はない。むしろ、喜んで部屋および食事を提供している。
僕にできることが一つ与えられたと思うからである。

僕しかできないこと、などと高慢なことを言うつもりはない。
この惨劇からの復興のために何かの役に立つことがあればと思うと、
ほんとうに有り難い。

外国のメディアに協力することによって、
石巻そして南三陸の惨状を一人でも多く世界の人々に知ってもらえれば、と思う。


そして、無論、このような活動ができるのも、
外語の皆さんの物心両面での「後方支援」があるおかげです。


このHarlan記者のことは、次のようなサイトに記してある。
http://projects.washingtonpost.com/staff/articles/chico+harlan/

礼儀正しく謙虚な姿勢に好感を抱いているしだい。
(往年のスター・アンソニーパーキンス、あるいは若い頃のボブ・ディランと似ている顔立ち)

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            石巻・日和山神社にて



そして今日(3月31日)は、自衛隊(Self Defense Force = SDF)の支援活動の取材に岩手県の陸前高田市に車で行った。
中心部のほとんど全てが流された町・・・その惨状に言葉もなかった。

はじめに、第9後方支援連隊・連隊長のM氏(一等陸左)から1時間ほど活動について話を聞いた。
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最後に、20歳の自衛官にインタビューをした。
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4時間も通訳として英語と日本語を交互にしゃべり続け、かなり疲れた。
早く休まねば。
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# by ha-ppyone | 2011-03-31 22:20 | 3.11